ゑデン blog

合法で読む Tetra hydro cannabinol ( T H C )

第14話 Liberty Haze

第14話 Liberty Haze

 
 
 経済成長から見事に取り残された長屋が密集するゴールデン街を通り抜けると、4人は花園神社の境内に入って行き、豊作祈願の参拝をする。そして人気のない神社の階段にしゃがみ込み、闇に紛れて J Tジョイントを回した。



 白いケムリが4人の頭上に立ち昇ると、新宿のよどんだ夜空へとケムリが消えてゆく。

 聞くと、シーナはカゴメに G Jガンジャを買いに来ていたらしい。その合図がレッドアイだと知り、卍と巴は失笑する。
 無論、自分たちがネタ元だとは言わないが。D G は他にも色々手を染めてる男だからやってる事が堂に入ってると、二人は妙に感心する。

 小さな伊勢丹の紙袋いっぱいに入った種を D G から受け取った巴は、何でこんなに沢山種を持っているのとのシーナの問いに。人間の体内では合成できない必須脂肪酸オメガ3にオメガ6が豊富なヘンプオイルを直搾りしたいと言う D G の要望に、巴が鳥の餌をペットショップで調達したと嘘を付く。



 「コレって鳥の餌で売ってるの? 」
 「そう、鳥の大好物! 」

 真紅に染まり始めた眼で、シーナは種の入った紙袋をのぞいた。

 「へー、じゃー鳥ってコレ食べて飛んで空飛んでるの? 」
 「飛んでなくても飛んでる事もあれば、飛んで飛んでる事もある」

 巴の言い草に卍は失笑すると、皐月も紅く眼を染めて不思議な笑みを浮かべていた。

 4人はフワフワと歌舞伎町の人混みの中へ歩き始め、ビルの合間に小さな空き地や植え込みの隙間を見付けると、パラパラと種を撒き散らした。



 G I D性同一性障害 同士の卍と皐月は手を強く繋ぎ、互の波動をシンクロさせて言葉を使わずに意思の疎通そつうをはかり笑いながら戯れ合うと、道にしゃがんで紅く染まった眼を潤ませる。

 「私たち昔話の花咲か爺さんじゃない、歌舞伎町に種を蒔いて、大きな花を咲かせるの」

 紅い眼をしてシーナが、飛びっきりの笑顔を巴に見せた。

 4人の平和なテンションは頂点へ上り詰め、歌舞伎町に麻の実を全部蒔き終える。気付けば人混みに埋め尽くされた歌舞伎町の中心部へ来ていて、4人はビルの階段に腰を下ろす。



 国が断固好景気だと宣伝する年の瀬に、浮かれて溺れて乗せられてなだれ込む人たちの喧騒を、4人は真紅に染まった眼で見詰めた。

 バビロンの中心はありとあらゆる音と光に包まれ、なにか完全に暗号化されたサブミニナルと耳障りなノイズが飛び交う。3次元と4次元のカオスに虹色のネオンが発光し、高速でフラッシュしている。

 四方へ無限に立ち並ぶ金と銀の猥雑な遊興ビルへ、引っ切り無しに飲み込まれては吐き出される人々が。白昼夢のように真夜中を煌々と明るく真昼間のような光に照らされて、集団でゾンビ化しては渦を巻き、掴み合いのケンカを始める泥酔者や、それを見て見ぬふりをするオマワリ。抱き合ってキスをする男女に、互いに鬼の形相でののしり合う男と女。パンツ丸出しで嘔吐する若い女や、ゲロまみれで道端に寝るオヤジ。突然眼の前を走り去っていった血塗れの男。ゴミを漁るルンペン。半狂乱のババア。裸足で踊り狂う新興宗教のスキンヘッドの女。人混みに紛れる外国人の売人。満面の笑みを浮かべてせわしなくうろつくボッタクリの客引き。地上の闇に蠢き死んだ仲間に喰らい付くドブネズミの群れ……。

 空を見上げれば、ぼんやりと灰色がかった銀色のドームのような天井に街は覆われているようで、夜空に星など見えるわけもない。
 その代わりに、このバビロンの悪魔的カオスな次元の空間と時間を支配して頂点に君臨する、神の意思の如き広告が。巨大なサーチライトに照らされ光り輝いている。

 白くしなやかに美しい両手の平を合わせて作る△から覗かれるシオンの片目が、今ひときわ大きく光り輝いて、下界を見下ろしていた。




 2


 「起きて! 帰るわよ、早く着替えて! 」

 卍の声に体を起こした巴は、自分の足に絡んだシーナの足を退けるとアクビをしながら起き上がり、寝惚けたまま服を着た。

 卍と巴は部屋を出て、眩しく日に照らされた路地を歩いて新宿三丁目の交差点まで来ると、そこからタクシーを拾って卍のマンションへ向かった。タクシーの窓を開けて座席に身を沈める巴が、アクビを抑えて卍に言う。

 「しかしあの二人がまさか一緒に住んでるとはな、マジでウケたわ。で、お前は皐月と Fuck したのか? 」

 「まさか、してないわ」

 窓の外の街並みに溢れるシオンの片眼を見詰める卍は、ポケットに入れられていた片目の絵が書かれ、(悪魔の目がのぞいてる)と、皐月がカゴメのカウンターで紙に走り書きしたメモを取り出して見た。



 「何それ、ラブレター? 」 眠たそうな目をして巴が言った。

 マンションへ着くと、二人は順番にシャワーを浴びて、卍がドリップしたコーヒーを2つのカップに注ぐ。
 コーヒーを手にした巴に、卍は机にある雑誌のページを開いて見せた。

 「カリブ海オランダ領アルバ、ボネール、キュラソーの A B C 諸島……。今日の取引が終わったらまた少し日本から離れるべきね。オランダからここへ入って年末はカリブ、その後は流れて、熱が冷めるまで……」

 「どうした急に? 別にいんだけど、何か気になるのか? 」
 


 「ちょっとね、量が多いっていうか……」
 「こんくらいの量は今までにも何度もあったろうが、それより俺は893相手にパイナップル持って取引する方がオッカネーわ! 奴らは893じゃねーんだろ。金払いも良いし、何を気にしてんだよ? 」

 「何となくね、今までの客とは質が違うのよ……。今までのアンダーグラウンドとは違う、何ていうか、あんたの好きな△の目玉が頭から離れないっていうか? 」
 「何だそりゃ? 大丈夫かお前? それはお前が客と寝たからだろ! 」

 「そうね……。でも確実に何かに見られている気がするのよ」
 「そりゃーコレだけの量持ってりゃ気にもなるけどさ、今のところ D G からもヤバイ話は聞かねーし、ゾンビが動いてるようすもねーぜ」
 「そう、気のせいかもね、でも今日の取引を最後に日本を出るわ! 」
  


 二人は50k の G Jガンジャを大きなトラベル用キャリーケース2つに詰め込むと、B Gボング で G Jガンジャのケムリを焚き、カリブへの渡航準備をして夜を待つ。

 途中卍は30g 程の G Jガンジャを 袋に詰めて部屋を出て行った。「またボランティアか……?」と、巴が聞くと、「しょうがないわ、あの人達は病気にかかってるんだから、コレがないと体のバランスが保てないのよ」と言って、バイクで走って行った。

 リビングの大きな窓から一望できる東京タワーに明かりが灯ると、卍は部屋に帰ってきた。眼を紅く染めた二人は2つのキャリーケースを持ち、指定された新宿職安通りに有る東亜財団ビルへ向う。




 新宿でタクシーを降りて、パイナップルを取りにカゴメへ寄る。D G がもう卍と皐月が寝た事を知っていて、場末の情報漏洩の速さに卍は眼を回す。

 「お前やっぱしヤったのか? 」

 ほくそ笑む巴の問をシカトして、卍は懐ろにパイナップルを忍ばせる。そして得意の外国人旅行者を装い、G Jガンジャが隙間なく満杯に詰まったキャリーケースを雑踏の中へ転がして行く。

 「お前はレズ、皐月は O K Mオカマ ……。なー、どうやってやんだよ……? 」



 ネオンがひしめく通りで、師走の人混みを掻き分けるように進む巴は、わざとらしく大きな旅行雑誌を手にした卍の後ろにピタリと迫って問い詰める。

 「皐月が何て言ったのか知らないけど、ただの友達だし、別に一緒に寝てただけよ」
 「お前そんな冷たい事言ってっと、皐月は電車にかれて死んじゃうぞ! 身も心も乙女なんだからな! 俺は正直に言うぜ、ちゃんとヤったって……」

 「別に、聞いてないわ……」
 「何だよ、いつもは聞くくせに……? 」

 そう言った巴は、街の人混みの中で広告に挟まれたサンドイッチマンが眼に入り、何人か裸の女の写真の中にシーナを見付ける。爆乳シーナと書かれていて乳首はピンクの ♥で隠されていた。巴はサンドイッチマンの前を横ぎると、 R,Stones の Sympathy for Devil を流してケムリに包まれたシーナが、J Tジョイント を銜えながら裸で、不吉なルシファーの曲で踊る姿を思い出していた。



 フーゥウッフゥーッ……と、 Stones を口遊くちずさんで巴がキャリーケースを転がしていると、キムチの臭いが微かに漂い、ハングル文字が通りに溢れるコリアンタウンへ二人は足を踏み入れていた。街中の話し声もハングル語が飛び交う中で、ビルの壁面にはシオンの片目が大きく掲げられている。

 卍の紅い眼にシオンの片目が映り込み、人混みの中でキャリーケースを引く卍を、シオンの片目がハッキリと追いかけて行く。

 ギョッとして卍は足を止め、壁に掲げられたシオンの片目に眼を凝らす。 



 「私は奴隷よ……、鎖に繋がれて自由は無いの……」
 「奴隷なんて、やめればいいじゃない? 」
 「何も分かってないのね、そんな事は不可能よ……。その前にあなたが先に、死んでしまうかもしれない……」

 ビルの壁面に掲げられた巨大なシオンの片目に卍は言われた気がして、また強い目眩を感じる。

 「大丈夫か、マジで顔が青いぜ! 」

 巴に声を掛けられると、卍は指定された東亜財団ビルの前にいた。

 「大丈夫よ、もし何か有ったら D U Gジャズ喫茶 の地下2階で落ち合いましょ」
 「あぁ、 D U G の地下2階ね、了解! 本当に大丈夫だろうな、無茶は絶対すんなよ! マジで気お付けろよな! じゃーコレ……」



 キャリーケースを巴から受け取った卍は、2つのキャリーケースを持って、ビルの中へと入って行く。
  
 エレベーターホールにはハングル語で書かれた案内板が有る。いちよう指定された6階の所を見たが、ハングル文字が読める訳でもなく。手に持った旅行雑誌をゴミ箱へ捨てると、卍はそのままエレベーターへ向かった。

 ロビーの壁にはまた△から覗くシオンの片目が、幾つも気味が悪いほど連なって貼られていて、卍が歩けばシオンの片目も卍を追いかけた。シオンの目に追いかけられたまま卍はエレベーターに乗り6階へ上がるとドアが開く。



 「アンニョンハセヨ、チャルオショッスミダ……」




 ハングル語でフザケて話し掛けるシオンが卍を向かえるように、6階のフロアに立っていた。秘書の女が卍の持って来た2つのキャリーケースを受け取る。卍はシオンに連れられて、フロアの奥にある大きな扉の開いた部屋の中へ入って行った。
 部屋の扉が閉まり、さっきまでの外の喧騒が嘘のように消える。物音一つしない静まり返っただだっ広く薄暗い部屋の中央に、黒光りした革張のアンティークの椅子に足を組んで座る、ダークスーツの男が居る。

 卍は男の向かいの椅子に座らされ、シオンも側の椅子に腰掛ける。

 「君はなんと美しく、実に魅力的な女性だ……」

 男は卍にそう言うと、秘書の女がアタッシュケースを持って来て卍の前に膝を付き、札束の詰まったケースの中身を見せた。



 アタッシュケースを受け取り卍は現金を確認すると、「確かに、ではこれで失礼します。縁があればまた」と、言って、足早に席を立とうとした。

 「まあ待ってくれ、また追加分を頼みたいんだが」

 「ごめんなさい、私は少し東京を離れます。いつかまた、縁があれば妥当な値段でお譲りするわ」

 ダークスーツの男にそう言って席を立つと、卍は笑みを浮かべて側に座るシオンと眼を合わせた。

 「そんな事は不可能よ……」




 卍の顔から笑顔が消える。シオンの目に見詰められ、頭の中に直接シオンの声が聞こえてくる。一瞬電気が走ったように体が痺れて、また強い目眩がした。卍は眉を顰めると、シオンの目を見詰めたまま、コレはいったい何……? と、困惑して立ち尽くす。

 「どうぞ」、秘書の女が紅茶を入れて持って来た。
 「結構です」と、卍は断る。ダークスーツの男は蛇のような目を鈍く光らせ、卍を見据えて言う。

 「まぁ座りたまえ、言っただろう、君の持っているモノは特別だって。他のモノでは代用できないんだよ」
 「特別だって、何が特別なの? 」
 「それは簡単に言えば、君が持っているモノが、人を目覚めさせてしまうからだよ」



 小さく卍が失笑すると、ダークスーツの男とシオンは、秘書から紅茶を受け取り口を付ける。

 目眩がする卍はもう一度椅子に腰掛けると、眉を顰めて蛇のような冷たい目を持つ男を見据えて言った。

 「目覚めるって? 具体的に何からどう目覚めるのか言ってくれないかしら? 」

 「もう十分君は気付いている事だろう。目覚めるとはその真逆にも作用するという事だが。言うなれば、我々がコントロールしている全ての事、この現実世界の事だよ」




 「へぇーっ、そぉーなの。凄いわね。どうやって貴方達がこの世界をコントロールしているのかしら? 」

 「フン、それを私に言わせたいのか? まぁいいだろう、聞いておくがいい。君にとってはこれとない機会だ。我々が無意識のうちに人々をコントロールして、さも自分の意志や考えで行動していると思わせる事など容易い事。そんなものは単純な情報操作と刷り込みで十分だ。今や人々は飲料水に入れられる科学物質や、電気から生じる電磁波などに寄って、脳の中の松果体が完全に石灰化しているからね。だが君の持っているモノは、石灰化した松果体を覚醒させてしまう作用があるのだよ。死んだはずの脳細胞を、完全に蘇らせてしまう。私たちが時間と能力と莫大な予算を注ぎ込んで作り上げたシステムに、見事に反作用してくれたという事だ。そして興味深い事は、私たちが調べたところ君の持っているモノは特異な染色体を多く含み、今もミカドに仕える忌部氏いんべうじだけが持つ、門外不出の縄文大麻と殆ど成分が一致していた。知らないと思うから教えておくよ。忌部一族とは、3・4世紀頃の弥生時代から時の大和朝廷成立の為大きな役割を果たしてきた。けがれみ嫌い、神聖な仕事に従事する集団との異名を持つ有力な豪族であり、朝廷の神事一切を取り仕切っていた。そしてそれは現代においても尚、受け継がれている。言ってる意味が分かるかな? 要は君の持っているモノは他のモノと比べて特異な染色体の為、方向、進路、方向性といったベクトルの数値が振り切っている。空間における大きさと方向を持った量がずば抜けているのだよ。忌部氏の持つモノと成分があらかた一致するのだから当たり前の事だが、我々に作る事はできない。君は当然経験して気付いているはずだ。君の持っているモノが他のモノと比べ、物事の向かう方向と勢いが多次元の扉を開き、神がかり的に繋がって行くことを。それは我々も数多な時間と予算を費やして研究し、探し求めていたもので、脳の松果体を覚醒させる作用だ。人間の松果体の覚醒をコントロールする事ができれば、我々は4次元を開き5次元へとシフトでき、そこで完全なる新しい秩序を生み出せる。実態世界と相対世界の陰と陽が、時空を超えて融合する。つまりそれは進化によって目にする新たな真理だ。人々は覚醒し、我々が作り出す新たな次元に新しい真理を見る。これで我々の揺ぎ無き新時代の N W Oニューワールドオーダーが完結する。だから君にも参加してもらいたい。君は頭がいいから分かってる事だとは思うが、死ぬまで奴隷のままでいるのは嫌だろう? このモノは君が作ったのか? でなければ君はコレをどこで手に入れたのか? この素晴らしい遺伝子を受け継ぐ種を持っているのか? 詳しく私に教えてくれるだけでいい。我々に協力してくれるのであればその見返りに、君は想像を超えた見た事もない世界を目の当たりにする。そしてこの世で望む物全てをその手の中に……。そう、君は私たちの仲間となる。我々と同じ支配する側としての、選ばれし代理人に……」

 足を組んでアンティークの椅子にティーカップを持って座る、会長と呼ばれる爬虫類顔のダークスーツの男の、蛇のように冷たい目を卍は見詰めて言った。

 



 「狂ってるわ……」